2017年05月12日

橋本聖子に五輪出場を阻まれた女子高生

なんだか探偵ナイトスクープの依頼のタイトルみたいだな(苦笑)


天童駅西口に1台だけ停まっていたタクシーに乗車。

_分 「中山公園の野球場までお願いします」
運転手 「え? 天童の球場じゃなくて?」

まあ当然聞かれるわな。天童駅から荘銀スタまでタクシーに乗る人は
まずいないだろうからねえ。


自分を野球好きと見てとったのか、運ちゃんは野球からスポーツ全般の話を
こちらに振ってきた。しばし会話した後、運ちゃんはこんな話を切り出してきた。

「うちの娘はねえ、以前自転車競技やってたんだけど、橋本聖子さんって
いるでしょ。かつてあの人に五輪への道を阻まれちゃったんだよね」



あの人のことかなとすぐに思い当たった人はいた。橋本聖子と五輪選考会で
対戦して敗れた鈴木裕美子選手である。スポーツニュースか何かで対戦して
いる映像を見た記憶があったのだ。だから「娘さんって鈴木という姓ですか?」
と聞いてみたが違うということだったので、鈴木裕美子のことではないらしい。


さらに話を聞いてみると、橋本聖子と五輪出場権を争っていた当時、娘さん
はまだ高校生だったらしい。そして、どういう事情かはわからないが、そのと
きは最終選考会のような大会は行われず、それまでの成績(実績)で橋本聖
子が代表として選出されたのだとか。

「うちの娘は橋本聖子と直接戦うことなく五輪への道を閉ざされちゃったわけよ」

と運ちゃんはこぼしていた。娘さんはその後、東京六大学の大学へと進学。
大学でも自転車競技を続けたが、大学卒業とともに競技をすっぱりと辞め、
山形へと帰ってきて就職したらしい。現在は結婚して幸せな家庭を築いて
いるそうだ。


ちょっと興味あったので、この一連の話について家に帰ってから調べてみた。
まず、橋本聖子が夏の五輪に出場したのは1988年ソウル、1992年バル
セロナ、1996年アトランタの3大会だった。このうち、前述した鈴木裕美子
が敗れたのは88年ソウル大会の選考会だった。だから運ちゃんの娘さんが
五輪出場に挑んだのは92年バルセロナ大会か96年アトランタ大会なんだ
ろうけど、残念ながらこれ以上のところは調べてもわからなかった。

それにしても、橋本聖子と五輪出場をかけてしのぎを削った女子高生が山
形にいたとは全く知らなかった。橋本聖子がいなかったとしても五輪に出ら
れていたかどうかはわからないけれど、とても興味深い話だった。いい話
聞かせてもらえたうえ、タクシー代までサービスしてもらえた。1台タクシー
乗り損ねてかえってよかったのだろうな。
posted by hiro at 22:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする