2016年11月27日

市川由紀乃、紅白に出るのかあ

今から15年ほど前、自分は深夜に帰宅して朝4時過ぎに就寝し、9時過ぎ
に起床してお昼から午後にかけて出社するという生活をしていた時期があ
った。そのとき寝る前にラジオつけて聞いていたのが、1968年に放送開
始して以来現在でも続いている長寿番組である「日野ミッドナイトグラフィテ
ィ 走れ!歌謡曲」(文化放送/深夜3:00~5:00)だった。市川由紀乃の
名前を知ったのは、この番組のパーソナリティを務めていたからである。

市川由紀乃が番組に出演していたのは2001年4月からの1年間だけだっ
たようだ。声の感じがアイドルや声優っぽいなと当時思っていたが、実際の
お顔を拝見したとき声の感じから自分が思ってたイメージと違い、意外と落
ち着いた感じの人だなと思った記憶がある。紅白出場が決まってから、「剛
力彩芽に似てる」と書いてる人がいたので、画像検索で確認してみたところ、
「確かに」と納得させられた。

それにしても、ウィキペディアで確認したら2002年から4年半も休業してバ
イト生活してたりとあり、相当つらい思いもしてきたのだろう。一度は挫折し
ながらも地道に努力を重ねて這い上がってきて紅白出場をつかみ取ったと
いうわけか。こういう苦労人が報われるというのはいいことだね。2000~
05年あたりって、自分も人生に悪戦苦闘してた時期なので、市川由紀乃に
は妙に共感できる部分もある。紅白の舞台を踏むことで普段演歌聞かない
世代の方々にも名前を知ってもらい、今後ますます飛躍していくきっかけと
なってくれればいいなと思う。


以下どうでもいい余談
_自分が「走れ歌謡曲」のパーソナリティで一番好きだったのは中尾美穂
_「走れ歌謡曲」聞いてたのと同じ時期に「aikoのオールナイトニッポン」
__も聞いていて、「aikoのトークおもろいなあ」と思ってた記憶がある。
_あと演歌の人で頑張ってほしいのは、自分が戸田に野球見にいった際
__に空き時間で戸田のイオンモールへ行き、そこでたまたまミニライブやっ
__てたの見た西田あいかな。
posted by hiro at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする

2016年10月12日

「くちびるNetwork」が流れてきてビックリした

自分は現在、朝5時過ぎに起床する生活をしている。起きるときはケー
タイのアラーム、それに加えてラジカセがアラームの鳴る少し前に電源
入るようにしてあるので、その二段構えで対処している。

今朝、完全に頭はまだ寝ている状態のとき、ラジカセから岡田有希子の
「くちびるNetwork」が流れてきて、回ってない頭で、「え?なんで?」と
驚き、スパッと一気に目が覚めてしまった。ちなみに、ラジカセはAM放
送が流れるように設定してあり、そのときはニッポン放送の「上柳昌彦
あさぼらけ」という番組が流れていた。


現役アイドルの自殺というのは、特にファンでもなかった自分にとっても
衝撃的な出来事だった。自分は岡田有希子の曲って「くちびるNetwork」
以外はよく知らないし、「くちびるNetwork」にしても亡くなった後によく流
れてたからメロディを覚えてしまっていたのかもしれない。

気になるのは、どういう流れでこの曲がリクエストされたのかということ。
最初今日が命日なのかなと思ったが、特にそういうわけではなかった。
そこでツイッターのつぶやきをちょっと漁ったら、リクエストしたのは大学
生らしいことがわかった。岡田有希子が亡くなったのは今から30年前
の1986年だから、大学生がファンだったということはあり得ない。後は、
この曲自体はその後カバーされてるようなので、カバーされたものを聴
いて原曲を聴いてみたくなったとかかな。

今日の放送、ラジコで聴けないのかな?と思い、ニッポン放送のHPにい
ってみたけど、番組自体は朝4時半からなのに5時からの分しか聴けな
いようだった。曲が流れたのって朝5時の時報直前だったのよね…。


それにしても、びっくりしたからか気持ちいいぐらいスパッと起きられた。
毎日この曲流したら、毎朝すっきり起きられるのかな…。
まあ曲に慣れちゃったら無理か(苦笑)
posted by hiro at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする

2016年07月10日

現状

個人的に日々の生活に今後変化が生じることでバタバタしていること、
ここしばらく体調に問題があり(しかも事情があって昨日まで医者にも
かかれなかった)、記事を更新する余裕が全くありません。

体調に関しては昨日病院に行って回復傾向にありますが、記事の更
新については時間の確保が現状よりさらに困難になることが予想され、
どうしたもんかなと頭を抱えています。


新しい生活に慣れるまでは、記事の更新はあまりしないと思います。
posted by hiro at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする

2015年12月23日

キンさんトークショー再び@船橋西武

キンさんトークショー2    キンさんトークショー1
前回同様、「写真撮影OK」ということなので、撮った写真を使わせていただいてます

モヤイ像と総武線車両    赤めがねの女
トークショー会場にあったモヤイ像         赤めがねの女   
なぜここにあるのかは謎…


「キンシオ」でおなじみのイラストレーター キン・シオタニさんのトークショー
9月に続いて船橋西武であり、時間作れたのでまたまた足を運んでみた。


トークは断片的にしか覚えてないけど、ひとつ出た話を挙げると、

「ABCという3つの目標を立てる。Aをとてつもなく高い目標として掲げ
ると、それには到達できなくても次善のBやCの目標には到達できる」
1年で47都道府県全部行こうとしてもなかなか難しいけど、
15県ぐらいだったら行けそうじゃんみたいな。

人にものお願いするとき、最初到底無理そうなこと頼むと当然拒絶される。
けれども、ちょっと難しいけど実は本命でお願いしたいことを続けて頼むと、
相手はいったん断ってるし、しかもだいぶハードル下がってるのでOKと言
ってくれやすくなる、という話とちょい似てるかな? 

これに近い話で、キンさんには「三軒茶屋理論」という考え方があるのだとか。
三軒茶屋はテレビ関係者の中ではロケがしにくい街と言われてる。けれども
半蔵門周辺みたいな皇居近いから警官の数が多くてピリピリした空気流れて
るようなとこでロケした後に、三軒茶屋行くと全然ロケしにくいことないと感じ
るのだとか。修羅場を経験すると、プチ修羅場なんて全然大したことない的な
ことかな。


あと、画像にも収めた「赤めがねの女」。あれはキンさんが自分の作風崩して
まで描き上げたキャラらしい。「今年はのってみようかしら」というのは、例年ク
リスマスみたいな行事には全然反応しないんだけど、今年はちょっとそのノリ
に付き合ってみようかしらって意味が込められてるんだって。

それにしても、キンさんなんであんなにトークうまいんだろ。まあテレビ出たり、
講演やったりしてるからこなれてると言えばこなれてるんだろうけど。
posted by hiro at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする

2015年12月08日

腱鞘巨細胞腫の疑い(手術後)

関連記事_「腱鞘巨細胞腫の疑い(手術まで)」
_____「腱鞘巨細胞腫の疑い(手術)」


〈11月27日~12月2日〉
麻酔は手術日の翌朝にようやく切れたようだった。指は逆方向に引き攣
れたり触ったりすればもちろん痛かったけれど、普通にしている分には特
に痛みはなかった。薬は抗生物質(3日分)と痛み止めが処方されていた。
抗生物質は飲み切ったけれど、痛み止めは一度も飲まなかった。

手術後の約1週間で最初に診てもらった会社近くの整形外科には2回行っ
た。手術執刀医の先生に紹介状を書いてもらい、消毒と包帯巻いたりとい
った処置をしてもらうためである。そこへ行かない日は自宅でそれをやった。
手順は、患部にマキロンなどの消毒液をまず塗り、その上に軟膏をつける。
それからガーゼをかぶせてその上から包帯を巻くといった具合である。

手術したところは水につけることができないので、風呂に入るときは左手に
ビニールをかぶせてテープで止め、水が入らないようにしていた。何が不便
って、左手が使えないと右腕を洗うことができないということに今更ながら気
が付いた。ではどうしたかというと、膝の上にタオルを置いて、そこに右腕を
擦りつけるように動かした。不十分だけど全く洗えないよりはましだった。

洗い物には手をつけられないし、ご飯食べるときも箸は持てても左手で茶
碗を持つのにも一苦労する。だからカレーみたいなスプーンで食べられる
もののほうが楽だった。人からは、「右手じゃなくてよかったね」と言われた
が、全くその通りだと思う。


〈12月3日〉
朝から執刀医の先生による診察及び抜糸。自分は今までに手術したこと
もなければ、縫ったこともなかった。抜糸も初めての経験だったが地味に
痛かった。そして、摘出したものの病理組織検査の結果を教えてもらった。

先生 「摘出したものは腫瘍ではありませんでした」
自分 「え? それってどういうことですか」
先生 「腫瘍ではなく、指の内部の炎症によってできたものだったようです」
自分 「こういう事例ってよくあるんですか?」
先生 「そんなに珍しいことでもないです」


一言で言うと、「腱鞘巨細胞腫ではなかった」と。腫瘍ではなかったので再
発の危険性もない。だから後は何かあったらまた病院に来て下さいという
ことで通院はこれにて終了。手術が終わったときに先生から、「摘出したも
のは予想していたよりも小さかった」とは聞いていたけど、腱鞘巨細胞腫だ
と決めつけてかかっていたので、この診断結果にはほんとに驚いた。腫瘍
が良性か悪性かどころか腫瘍ですらなかったとは。

抜糸によって少し出血したので、軽くテーピングしてもらって処置は完了。
もう水につけても大丈夫だし、今後は今まで指が固定されていたので、
指を曲げて握る練習を少しずつやっていって下さいとのことだった。

病理組織検査をしないと実際なんの病気なのかはわからなかったので、
どっちみち手術は避けられなかったのだろうと思う。周囲からも、「腫瘍じ
ゃなくてよかったじゃん」と言われたし、放置して悶々としているよりは手
術に踏み切ってよかったのだろう。


*今回の話は、腱鞘巨細胞腫という検索ワードでこのブログにたどり着い
_た方のために、発症から手術、抜糸までの一連の流れをなるべくわかり
_やすく書いてみたつもりです。結局自分はこの病気ではなかったというオ
_チこそついてしまいましたが、何かの参考にしていただければ幸いです。
posted by hiro at 23:21| Comment(33) | TrackBack(0) | ノンジャンル | 更新情報をチェックする